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家から出たくない。人に会いたくない。視線の怖さを克服する6の方法

「他人の目が気になる。何か変なことしたのかも」と思ってしまい、人前に出ることが怖くなることはありませんか?

友だちやすれ違う人の視線が怖くて、会話する時も歩いている時も緊張が解けない。

「笑われてるんじゃないか」

「不快に思われてないか」

「なんて言うのが正解なのか」

「仕草がおかしかっただろうか」

一歩外に出るだけでいろんなことを考えてしまうから、疲れて引きこもっていたくなりますよね。

でも、できることなら他人の目を気にすることなく、自分らしく振る舞えるようになりたい。そんな気持ちがあるのもよくわかります。

実は視線が怖いという感情は、今の考え方のクセを少し変えるだけで、なくすことができるんですよ!

ここでは、外に出るのが辛いと感じるあなたが、周囲の目を気にせず自分らしくなれる方法を紹介しています。

誰かの視線に怯える毎日から抜け出して、心から笑えるようになりましょう!

 

まずは自分で自分を評価する

他人の視線が怖いと感じるのは、周囲からどう思われるかを基準に自分自身や物事の価値を判断しているからです。

判断を全て人に委ねてしまうのは、自分に自信を持てないから。

自信がないと、

・どう振る舞えば嫌われないか。

・どうしたら不快な思いをさせないですむか。

表情、視線、仕草、容姿、匂いなど、たえずいろんなことに気を配るため、一日が終わる頃にはくたくたに疲れてしまいます。

しかも、家に帰ってからも「あの時はもっとこうしたらよかったんじゃないか」と考えたりしていませんか?

社会の中で生きている以上、人間関係をスムーズに保つことや、相手の気持ちを汲み取ろうとする配慮は大事なことです。

でも、不安が強くて生きずらさを感じている場合、あなた自身の人生をどこかに置いてきてしまっている可能性があります。

今のあなたは、自分が何をしたいのか、どう考えてどう生きるのか、好きなこと嫌いなこと、その全部の決定権を相手に持たせている状態なのです。

なんだかおかしいですよね。

あなたの人生なのに、そこにあなたの意思がないんです。

でも、その決定権は簡単に取り戻せます。

置いてきてしまっただけなので、それを拾ってあげればいいんです。

常に誰かの顔色をうかがう必要はありません。

これはあなたの人生なのですから。

自分の判断に自信がありませんか?

大丈夫。世の中に正解も不正解もありません。

考えも価値観も十人十色。100人いれば100通りの考え方があります。

それに、あなたはあなたの良さを知っているはずです。

だって、あなたは自分がすごく頑張って生きていることを一番よく知っているのですから。

これまでのことをよく思い出してみてください。

必死で相手の気持ちを汲み取ろうとしたり、不快な思いをさせないように心を配ったり、ここまで他人に尽くせる人はなかなかいません。

あなたは誰よりも人を思いやることができるんです。

自分の価値を他人任せにしていたら身が持ちません。

判決を下されるのを待っているのはとても辛いことです。

自信を持って、あなたの良いところを、あなた自身が認めてあげましょう。

 

 

頭の中で考えたことがすべて現実ではない

「なんだか笑われている気がする」と思うと、本当に笑われているような気がしてきますよね。

でも、それは頭の中で想像したものなので、現実かどうかは実際のところわかりません。

「そんなことはわかってるけど……」と思うかもしれませんね。

こんな話をご存知でしょうか?

「これから5分間、シロクマのことを考えないようにしてください」

そう指示されると、逆にシロクマのことが頭から離れなくなってしまうという話です。

これは「皮肉なリバウンド効果」と呼ばれていますが、人間は何かについて考えないようにすればするほど、かえってそのことばかりを考えてしまうのです。

不安や抑鬱に関することでも同じです。

「笑われている気がする」という考えを頭から追い払おうとすると、一方では考えまいとしているのに、もう一方では考えたくないことを追い出そうと考えている、と脳が認識して頭から離れなくなるのです。

もう頭の隅から隅までそのことしか考えられなくなっているんですね。

これは脳の危険を察知するシステムに関係しているため、どうしようもありません。

しかも、一度頭から離れなくなると「本当のことだからずっと頭から離れないんだ」と思い込むことがあります。

何度も頭に思い浮かんでくるものは、緊急性の高いものだから注意しなければならないと脳が判断するのです。

だから「笑われている気がする」と思うと「本当に笑われてるかも」と思って、頭の中で考えたことを真実だと思ってしまうんですね。

そこから負の連鎖が起きて「笑われているのは、視線や表情、仕草の全部がおかしいからだ」と思い込んでしまうようになります。

では、どうしたらこの負の連鎖から抜け出すことができるのでしょうか?

それは、「笑われている」という思考を無理に追い払おうとしないことです。

頭から追い出そうとして追い出せないなら、逆に考えてみようということですね。

シロクマもこうして忘れることができました。

ただし、それは頭に思い浮かぶことが真実であるとは限らないということ、そして感じたままに行動する必要はないことを理解してからにしましょう。

「笑われている」と思ったからといってそれが事実であるかどうかはその人に聞かなければわかりません。

笑われている気がするから恥ずかしくてうつむきがちに歩く、そんな必要はないのです。

もっとうまくやらなきゃ、なんて思わないで。

想像したことが全てではありません。

現実かどうかわからないなら、あなたが気後れすることはないんです。

自分自身を追い込むのではなく、なぜ笑われている気がするのかを考えてみてください。

おそらく、「どこか変だから」「何か変なことをしたから」と考えるでしょう。

では、どこが変なのでしょう?

あなた自身は何が変なのかわかっていない場合が多いと思います。

それは、「どこも変じゃないから」ではありませんか?

あなたが変じゃないと思うのなら、何も変なことはしていないのでしょう。

だって、あなたは人一倍自分にも相手にも気を遣っているんですから。

変だったらあなた自身が気づいています。

もし本当に変だと笑われたりしても、価値観は千差万別ということを思い出してください。

「変じゃないと思うんだけどな…」と思ったら、堂々としていていいんです。

自分を貫き通していれば、同じように「変じゃない」と言ってくれる人たちが集まってきます。

このように、あなたの悩みや気持ちに向き合ってみましょう。

紙に書き出したり、誰かに話してみたりすると、頭の中で考えていたこととは違う答えが見えてきます。

悩みや気持ちを整理していくと、だんだん「考えてもわからないことは考えても仕方がない」と思えるようになります。

その習慣がついてくれば、何か気になることがあっても「考えても仕方がないか」と思って、嫌な気持ちも切り上げられるようになるでしょう。

 

 

”普通”や”一般的な人”には誰もなれない

周囲からどう思われているのか気になると、「一般的に受け入れられる普通の人」を演じようとする傾向があります。

ですが、誰もが認める”普通の人”や”一般的な人”というのは存在しません。

価値観や考え方、好き嫌いが人によって違うため、”普通の人”のイメージは人それぞれだからです。

いつも明るくて社交的な人が普通だと思う人もいれば、落ち着きがあって穏やかな人が普通だと思う人もいます。

一般的な人物像を思い浮かべながら「これで悪く思われないはずだ」と思ってしたことが、相手にとっては不愉快なことだってあります。

例えば、喜んでもらえるだろうと思って誕生日にプレゼントをあげたら、相手は「お返ししないといけない。面倒臭いな」と思っていることもあるでしょう。

普通の人を演じたり、標準的なことをやれば不快に思われないと思っていてもそうはいかないものです。

だから、友だちや知り合いだけに絞って一般的に受け入れられるだろう普通の人を演じるとしても、とても大変なことですし、まして全ての人に良く思われるのは最初から不可能なのです。

これを無視して理想の人を追い続けると、かなり辛い思いをするのは避けらません。

そして、不可能なことを完璧に成し遂げようとするために、あなたの心がボロボロになってしまいます。

それに、みんなに受け入れられる普通の人になれば、認められて、より親しく深い関係になれるかというと、そんなことはありません。

親友や恋人などは、心を許しあえる仲だからこそなれるのです。

時に助け合い、時に喧嘩をして、個人と個人のぶつかり合いに折り合いをつけながら成り立っているものです。

普通の人を演じていて、喧嘩ができるでしょうか?

あなたがイメージする普通の人というのは、まず、相手の話を否定しないはずです。

他人に不快な思いをさせたくないのですから。

だから喧嘩もできないし、自分の意見も言えないため相手の話に頷くことしかできません。

普通の人を演じていても、心を許し合える関係にはなれないのです。

自分も心を開いて、恥ずかしい思いや傷つく覚悟が必要です。

標準的な対応は、相手を外から眺めているだけであって、親しい関係になるにはあなたも相手も互いの心の内側に入らないとなりません。

そこで互いの好きなことや嫌いなこと、許せないことや直してほしいことを話し合い、丁度いい関係を見つけていくのです。

普通の人を演じていても、あなたは報われません。

少しずつでいいので、あなた自身を見てもらえるように心を開いていきましょう。

 

 

意見を否定されても、あなたを否定しているじゃない

自分の意見や気持ちを素直に伝えることができないのは、自分の意見を否定されると、自分自身まで否定されたような気持ちになるから。

自分の存在まで否定されたらと思うと、怖くて素直な気持ちなんて言えませんよね。

でも、相手はあなたの意見を否定しても、あなた自身の存在を否定しているわけではないのです。

ただ意見の交換をしているだけです。

日本人の会話は初めから同調を求められていることが多いです。

だから、違う意見を言われると「反対された」「自分の感情を踏みにじられた」と思い込んでしまいやすい。

そして「もし嫌われたら、一生仲直りできないんじゃないか」という不安が常にあります。

ですが、相手と意見が違ったからといって、あなたのことを嫌いになるわけじゃないし、生きている価値がないと思っているわけではありません。

そして、意見を交換し合うことは「そんな考え方もあるんだ」と知り、見聞を広めるためのチャンスなのです。

そもそも、意見を言っただけで嫌われたり、生きている価値がないなんて決めつけてくる人と一緒にいたら、あなたの良さが埋もれてしまって辛い思いをするだけなので、さっさと別れましょう。

なぜなら、それは他人の考えを知る素晴らしい機会を奪う行為であり、本来のコミュニケーションが成り立っていない状態だからです。

言葉を交わすのは、新しい何かを生み出すためだったり、すれ違いや行き違いを解決するためです。

話し合いができれば、すれ違いがあったとしてもいつか通じ合える可能性があります。

あなたと相手の関係を大切にするためにも、必要なときに自分の意見を言うことは大切なのです。

相手のことを尊重しすぎて、自分の意見を言わず、感情を偽って愛想笑いばかりしていたら、笑うことさえ苦痛になってしまいます。

そのうち夜眠れなくなったり、無理しすぎると頭が痛くなったり、息苦しくなったりと、身体にも悪い影響が出てきます。

身体の健康を守るためにも、心の健康を大事にしてください。

たとえあなたと意見が違っても、相手はあなたを責めたりはしません。

あなたも誰かの意見と違っても、相手を責めたりしないでしょう。

何も考えられない人形ではないのですから、自分の考えを持っているのは当然のことなんです。

ただただ自分の意見を相手に伝えるだけ。

賛同されようがされまいが、これが私の気持ち。

そう考えてみるだけでも、もっと自由に自分の気持ちを表現できるようになりますよ。

 

 

別のものに注意を向ける

「見られている気がする」

「変な歩き方になってないかな」

そんな風に怖くなってきた時は、建物を眺めたり、季節の移ろいを感じたりと、別のものに注意を向けてみましょう。

あなたの気持ちが自分の内側に向いていると、嫌な感情が押し寄せてきます。

だから、外側に注意を向けてみるのです。

何かを見る以外にも、いろんな方法があるでしょう。

例えば、好きな小説や映画の主人公を思い出して「あの主人公ならどんな気持ちでここを歩くかな」とか「どこを見て歩くかな」とか、いつもと違う自分になってみるのも効果的です。

あなたが尊敬する人でもいいし、家族や好きな人でもいいでしょう。

違う自分になりきってみると、世界が少し違うものに見えてきませんか?

会話している時も同じようにやってみましょう。

「髪型変かな」「言葉遣いおかしいかな」と自分自信に意識を集中するのではなく、相手を見てみる。

いつもあなたは相手の視線に追われる立場にいます。

だから、今度は追う立場に立ってみるのです。

追われるよりも、追う方が気が楽ですよね。

見られる立場ではなく、見る立場になってみるのです。

とりあえず自分のことは置いておいて、相手をよく観察してみましょう。

話しの内容や、その人の気分、表情、調子。

いろんなことを見ていると、誰もが完璧ではない人間だということがわかります。

長所も短所もそれぞれあって、全部ひっくるめてその人自身なんだと。

もちろん「この人嫌だなー」と思うような人もいますが、「不思議と嫌いじゃないんだよな」って思える人もいますよね。

あなたも同じで、完璧ではなくても全員に嫌われたりはしないんです。

自分の内側を見るのではなく、外にあるものを観察することで、ちょっとだけ不安が軽くなりますね。

 

周りの人はそれほど覚えてない

人は自分以外の物事をよく覚えていられません。

例えば、あなたはスーパーで見た店員の顔を覚えていますか?

今日すれ違った人がどんな服装をしていたのか思い出せますか?

ぼんやりと思い出せるものもあるかもしれませんが、はっきりとは思い出せないですよね。

大抵はすれ違って数秒で忘れます。

どんな服を着て、どんな顔をして、どんな歩き方をしていたのかなんて、よほど印象的な人じゃないと覚えていられません。

では次の質問です。

あなたはあなた以外の誰か1人の失敗を10個以上挙げられますか?

これもなかなか難しいと思います。

自分の失敗はたくさん挙げられるのに、他人の失敗はよく思い出せないですよね。

人は自分のこと以外に対しては結構適当なんです。

人間は、他人のことは良いところも悪いところもいい加減に、でもバランスよく見ています。

つまり、あなただけを見ているわけでもないし、あなたを全く見ていないわけでもない。

ほどほどにしか覚えていないのです。

だから、「失敗するのが怖い」「笑われるのが怖い」というのはあなたが「怖い」と思っているだけで、もし失敗したとしても周囲の人からみれば「あ、失敗したんだ」と思う程度です。

しかも数日、あるいは数秒であなたが失敗したことを忘れます。

人間てそういうものなんです。

だから、「怖くて一歩踏み出せない」「何を言われるかわからないから何も言えない」というのはもったいないのです。

たとえ相手があなたを「変だ」と思ったとしても、相手にとってはそれ以上の意味はなく、その人はほぼ確実にあなたがしたことも言った言葉も忘れます。

自分がしたことを覚えているのは自分だけ。

そうであるとわかれば、人目を気にする必要は全然なくて、もっと自由にやりたいことをやって生きてもいいんだ!って思えますね。

 

まとめ:無理せず、少しずつ慣れていく

考え方のクセを一気に直すのは大変なことです。

焦らずゆっくりでいいので、1つずつ考え方を変えていきましょう。

あなたがあなたらしく生きていくことに文句を言っていい人は誰もいません。

文句を言われたところで、その人があなたの人生の責任をとってくれるわけではないのです。

だからそんな人は放っておいて、あなたの意思で、あなたが選んだ道をマイペースに歩いていいんです。

もし、周囲の視線が怖くて具合が悪くなったり、生活に影響が出ているようなら、心療内科やカウンセリングを受けましょう。

あなたに合った方法で、徐々に人と過ごす生活に慣れていきましょうね。