初めて『ゲド戦記』を知ったのは、2006年にジブリ映画化したときです。
子どもの頃の私には映画の内容はほとんど分からなかったのですが、あの中世的な世界観と、魔法と、ドラゴン、あとクモの印象が強く残っていて、ファンタジーの世界に圧倒された記憶があります。
それから10年経って原作の小説があることを知り、児童文学ということもあり読みやすかったので一気に読んでしまいました。
映画は原作の1〜3巻あたりを宮崎吾朗さんが混ぜて作っているのでかなり内容が違い驚きましたが、小説は小説で新鮮な気持ちで読めたし、何が起こるのか分からない面白さに夢中になりました。
ちなみに映画で主人公になっているアレンは第3巻に登場するので、アレンが気になる方は3巻までチェックしてください。なんと3巻はほとんどアレン視点で書かれていて、彼が主人公的な立ち位置にいます。
1、2巻を読まなくてもある程度はわかりますが、ゲドや魔法の定義を知っている方が楽しく読めるかと思います。映画のアレンとは設定や性格、役回りが全然違いますが、アレンすごくかっこいいです。
今回は小説第1巻の『影との戦い』をご紹介します。
感想のところで盛大なネタバレがあります。あまりネタバレしたくない方は感想の手前でリターンしてください。
影についての考察はこちらに書きました。

目次
『ゲド戦記 影との戦い』概要
『ゲド戦記』(原題:Earthsea)は、アメリカの作家、アーシュラ・K・ル=グウィンによって書かれた全6冊からなるファンタジー小説です。
アースシーと呼ばれる多島海世界が舞台で、魔法使いゲドの少年期から晩年に至るまでが描かれています。
第1巻「影との戦い」はゲドの少年期から成人期までの物語で、1968年にアメリカで発行されました。
[itemlink post_id=”1182″]
作者のル=グウィンはよくSFを書いていたのですが、児童向けに何か小説を書いて欲しいと言われて書いたのが『ゲド戦記』です。
『ゲド戦記』は『指輪物語』『ナルニア国物語』と並ぶ、世界3大ファンタジーと言われています。
魔法の才がある人が集まって魔法の勉強をする「魔法学校」が出てきますが、この設定はのちのファンタジー小説にかなり影響を与えました。『ハリーポッター』シリーズもその1つです。
1. 主な登場人物
ここでは2人紹介したいと思います。
<ゲド>
主人公。ゲドは真の名*。普段は「ハイタカ」と呼ばれています。少年の頃から魔法の才が優れている才能のある子どもです。努力家だけど傲慢なせいで、様々な困難に出会います。
* 真の名って?
本当の名前です。真の名は石や海や動物など森羅万象すべてのものにあり、それを知っていれば相手を支配し、操ることができます。魔法を使う時にも使われています。なので、普段はみんなあだ名で呼び合い、よっぽど信頼している相手にしか真の名を明かしません。
<オジオン>
ゲドの師匠でもあり、命の恩人でもある男性。年齢不詳。”沈黙のオジオン”と言われるほど口数が少ない。でも喋るとおじいちゃんみたいな話し方で優しい。よくひとりでヤギの世話をしたり、森を散歩したりしています。すごい魔法使いなのに、魔法を使いたがらない人です。
2. 簡単なあらすじ
ゲドが7才の時、叔母はゲドに魔法の才能を見出し、まじない師だった叔母は自分の知っている限りのことをゲドに教えます。
しかし12才になったある日、ゲドの住む島を征服しようとやってきた人たちがいました。ゲドは魔法を使ってその人たちを追い払いますが、自分の力を使い果たして倒れてしまいます。そこにやってきたのがオジオンでした。
ゲドはオジオンに助けられ、魔法使いとしての資質を見抜かれてオジオンの弟子になります。
しばらくオジオンのもとで魔法を学んでいましたが、オジオンは呪文に使う言葉の読み書きは教えてくれるものの、実際に魔法を使わせてはくれず、ゲドは少し不満に思います。
そんなある日、ゲドはひとりの少女にそそのかされて、禁じられた魔法である死霊を呼び出す呪文を唱えてしまいます。この事件によって、ゲドはオジオンの元から離れて魔法学校「ローク」に行くことに決めます。
ロークで魔法を学び始めると、ゲドはその才を発揮してどんどん上達していきました。しかし彼は、今の自分なら死霊を呼び出してもうまくやれるという自信から、再び死霊を呼び出そうとします。このとき、ゲドを襲おうとする影が現れ、ゲドと影との生死をかけた戦いが始まります。
ゲドはいろんな場所を旅しながら、影は一体何者なのか、どうやったら退治できるのかを考えます。
ゲドの現実的な旅と、心の旅が描かれる冒険小説です。
3. テーマ「成熟の年代」
作者は『影との戦い』のテーマは「成熟の年代」であると言っています。
幼少期から青年期にかけてのお話なので、ゲドはこの間にかなりの成長を見せます。2巻のゲドと比べると本当にわかりやすいほどの成長です。
1巻では思春期に起こりやすい悩みや葛藤をゲドも抱えています。
「異性の前ではかっこよく見せたい」
「自分よりもいばってる人間がムカつく」
「もっと地位や権力が欲しい」
などなど。
妬みや嫉妬、願望や欲求など目の前にあることにとらわれやすい感じが、ゲドの思春期時代にはあらわれています。割り切れない気持ちに突き動かされて、考える前に行動してしまうことを何度も何度も繰り返すのです。
そんなドロドロした感情や、行き場のない感情をどうやって解決すればいいのか。
この問題を作者は『影との戦い』の中で描いています。
思春期がぶち当たる壁に、ファンタジーを用いて作者の答えをうまく織り交ぜているところはすごいなと思います。が、それだけではありません。ほかにも注目して欲しいことがあります。
4. 魔法と均衡にも注目
魔法に対する考え方がゲド戦記は少し特殊です。
魔法を使えば目の前にパッと本物の料理を出せたり、水がどんどん出てきたりなど、魔法を使えばなんでもできるというのがファンタジーの世界では多いと思います。
でもゲド戦記の魔法はなんでもできるというわけではありません。正確に言うと、やればできるのですが、それはやってはいけないことになっています。
魔法は目くらましとして使うものであり、本物の料理は出せないのです。空腹の時に魔法で作った料理を食べて満腹を感じることができても、実際には空腹のまま。それがゲド戦記の魔法です。
なぜ本物の料理を作ることもできるのにやってはいけないのでしょうか。
それは世界の均衡に関係してきます。均衡が崩れるからやってはならない、ということです。
人間と魔法と世界の均衡。
これが掛け合わされてゲド戦記の世界はできているように思います。
魔法や均衡と言われるとファンタジックな物語だと思うかもしれません。でも、このファンタジーを現実に落とし込めるのがゲド戦記です。
2巻では「性」3巻では「死」がテーマになっているのですが、作者はこの物語を通して1つの生き方の指針を提示しています。
1巻で思春期の悩みについて解決策を描いているように、生きている上でのいろんな問題をいろんな言葉にして教えてくれています。
魔法や均衡の話も絡んでくるので、ぜひこの2つにも注目して読んでみてください。
こんな人におすすめ
- ファンタジーが好きな人
- 曖昧な言葉でも耐えられる人
- 哲学や自己啓発が好きな人
- 風景描写を読むのが好きな人
ファンタジーが好きな人にオススメです、が、注意してほしいのはハリーポッターのような笑って読める娯楽小説ではないことです。
きらびやかな魔法や面白い魔法はあまり出てきません。どちらかというとずっと深刻な状況です。
小説自体は子ども向けに書かれているだけあって読みやすいです。
ただ、中学生以上とあるのですが、ゲド戦記は読者の想像をうながすような余白が多く残してあり、難しいと感じる方もいるかもしれません。
1巻はそこまで多くないのですが、魔法使いははっきりものを言わないということもあり、曖昧な表現や遠回しな言い方もあります。
白黒はっきりしている方が好きな人にはちょっと辛いです。
でも、1巻は思春期の方にこそ読んでほしいのでぜひ挑戦してみてほしいです。
考えさせられるような言葉がぽんぽん出てきて面白くもあるので、哲学や自己啓発が好きな人は向いているかもしれません。
もちろんおとなの方でも楽しめますし、いくつになって読み返しても新しい発見ができると思います。
思春期のゲドやその周りのおとなたちから学べることは多いです。ゲド戦記はゲドの老後まで書かれているので、彼と同じ年齢になったらわかることもあるんだろうなとも思います。
あと、風景描写がすごいです。多島海が舞台なこともあって船旅が多いのですが、海の描写も街の描写も目の前にその光景が浮かんでくるほど丁寧に書かれています。
本には地図がついているので、それを見ながら読み進めても楽しいです。
まとめ
考えながら書かれているのが伝わってくる小説です。
すごく共感する部分もあれば、一回読むだけでは理解できない部分もあり、手元に置いておきたい本のひとつです。
作者のル=グウィンは評論も書いていて、自身の本について触れていることがあります。
私が読んだ中では、ル=グウィンの考える「影」について知るなら『夜の言葉』がオススメです。
ゲド戦記について書かれているわけではありませんが、ル=グウィンが影をどう解釈しているのかが詳細に書かれています。
[itemlink post_id=”1179″]
影だけでなく、ファンタジー全体のことやSFについても語られているので、そのジャンルで小説を書いている方の参考にもなるかもしれません。
1巻については評論を書いている方が他にもたくさんいるので、ゲド戦記をもっと知りたいと思ったら読んでみると面白いと思います。
[itemlink post_id=”1182″]
ネタバレだらけの感想
本は読んでないけど感想も見たいという方もいるかもしれないので、先に追加で登場人物の紹介をしたいと思います。
でも感想は本を読んでいないとよくわからないと思います…。
登場人物は知ってるからいいよって方は読み飛ばしてください。
追加で3人の人物紹介
<ヒスイ>
ロークの学院で出会った先輩男子。優秀。ゲドのことを見下していて、ゲドはヒスイをライバル視してる。
<ネマール>
ロークの先生。1番偉い人。めっちゃ優しいおじいちゃん。
<ペチバリ>
竜から守ってほしいと依頼してきた島で出会った男性。息子が病気になって死にそうだったので、ゲドに助けてもらおうとする。
感想
1巻のハラハラ感はすごいですね。ずっとピンチな状態で気が休まらなくて楽しかったです。
長くなりそうなので、以下の3つの視点から感想を書くことにします。
1、影について
2、魔法について
3、ゲドについて
1. 影について
一番最初に思ったのは影と追いかけっこするのってアレンじゃないんだ!ってことだったんですけど、それはもう置いておきます(笑)
ゲドは才能ある人間だったので魔法の力で全部解決するんだろうなと思っていたんですけど、影には魔法が使えないんですね。
影の正体がなんなのかとか、なんで影と1つになれたのかははっきり書かれていないけど、影がもう1人のゲドってことはわかりました。ユングのいう影で、抑圧された、認めたくない自分。
作者がユングについて語っているし、ほかの評論家の方々もそう言っているからそうなのだと思います。でも、これってユングについて知っていたり、評論読んでいないとたぶんわからないんじゃないかな…?私はわからなかった。なんとなく、心理学の影的なやつかな〜くらい。
最後に影がペチバリやヒスイの顔に見えたっていうシーンは「???」ってなりました。
心理学用語でいう投影(自分の思考や心を相手に映し出すこと)のことだったんだと思うんですけど、わからない人にはわかりません!
でも正解を知らなくても何か感じられればいいのかなって思いました。
影とひとつになったことでゲドの性格が落ち着いたこととか、影を倒すのではなく受け入れたこととか、そういうところからなんとなく、獰猛な自分の心も自分のものとして認めるしかないんだなっていう感じで。
逃げていても影をコントロールすることはできないから、向き合うしかないんだってことがわかればいいんだと思います。
小説は作者が小難しいことを落とし込んで、読者は読んでそれを感じるために書かれているようなものだと思うのでそれでいいんじゃないかな。人によって受け取り方は違うと思うし。興味を持ったら評論とか心理学の本とか読めばいいと思います。
2. 魔法について
なんでもやっていいわけじゃないのがもどかしかったです。
魔法はなんでも叶えられる万能なものっていう扱いのものばかりに触れていたので、それに慣れちゃってたのかもしれません。
でも、私はゲド戦記での魔法の扱い方のほうが好きだなって思います。現実っぽさがあるのがいい(笑)
ロークでゲドがもどかしそうにしていた気持ちがよくわかります。力があって、それができるならやればいいじゃんって。魔法のことをちゃんと理解していないと思っちゃうよなあって。でも実際にやってみたらヤバかった。そういうところが現実とも重なる気がします。
あと、均衡を崩したらいけないとか、変身したら戻れなくなる可能性があるとか、やっぱり人間にどんなに力があったとしても自然には勝てないんだなと思いました。
でも、風を操る魔法は最後の最後まで海の上で使っていて、それは均衡を崩さない?大丈夫?って思っていました(笑)
3. ゲドについて
才能があるのになんでこんなに空回るんだろうなって思うくらい空回っていましたね。そこが人間らしくて親しみがありました。
才能があって、自分に自信があったからこそ傲慢になってしまってうまくいかない。
力があれば崩れた均衡も戻せるだろうって考えるのも、ゲドらしくて好きです。でも自然には勝てないんだ…つらいね…。
逆にいえば人間の力じゃそんな簡単に均衡は崩れない感じもしますが、塵も積もれば山となって均衡は崩れてしまうのでしょう。地球温暖化みたい…。
あとは、ロークでゲドが影を放って自分を助けてくれたネマールが死んでしまって、それでも魔法を学ぶのをやめずに魔法使いの資格をとって、今度は自分がペチバリの息子を助けに黄泉の国に行く…という流れが私にはなんとなくつらかったです。
人を助けるために自分の命をかけるって、ネマールの真似…それとも身投げか…って考えてしまって。でもそこでゲドが生きる道を自分で選んだというのがよかったんだろうな…。
ゲドってそういうところがあるなって思います。もうあとがないぞ!って時にならないと自分の気持ちがわからなかったり、実際にやってみないとやっていいことと悪いことの区別がつかなかったり。
死霊を呼び出す呪文を何回も使ったけど、影が出てきてようやくその呪文のヤバさがわかったとか、ハヤブサに変身してみてやっと魔法の恐ろしさがわかったとか。
座学だけじゃ、ただ言われているだけじゃ理解できない。実際に自分でやってみないと。
そういうのを見ていると、本当にゲドは私たちに近い存在だなって思います。才能あるキャラって大抵どこか人間味が欠けていることが多い気がしますが、ゲドは一般人に近いです。
ゲド戦記が完結するまで30年くらいかかっていますが、それでもずっと愛され続けている理由はここにあるのかなと思いました。
グダグダの感想になっちゃったかな。
最後までご覧いただいた方、ありがとうございました!
[itemlink post_id=”1182″]
影についての考察はこちらに書きました。
